《私の本棚 第六十八》    平成14年11月  

     「河
童」      芥川 龍之介     

 芥川龍之介の作品の中では、少し変わったタイプの作品だと思います。精神病院に入院中の患者が語った話として始まります。

上高地へ登山に行った彼は、偶然に河童の住む国へ迷い込みます。その国は地下にあり、人間世界の泥臭い部分を、何ら不思議のない普通の事として生活しています。パロディーです。予備知識を持たずに読むと、或いはつまらないと感じるかもしれません。文字として読んでいると、他愛のない話です。この作品は昭和二年に書かれましたが、戦後アメリカで翻訳されて、日本人の豊かな西洋的教養に驚かれたそうです。絵本にしたほうがもっと面白いような気もします。
 しかし、当事の龍之介の事情を知ると、一転して、この作品は大変悲しくも感じられます。生母の発狂は自分に遺伝するのではないかという思い。二十代で漱石に激賞された秀才に対する周囲の妬み。義兄の家の失火と彼の自殺。残された高利貸からの借金。一族唯一の働き手である龍之介の重荷。その窮状を面白がるような文壇。
 当事、文芸春秋社長であった菊池寛は、救いの手を差しのべられなかった事で、棺の前で慟哭したという。
 
上高地、




 上高地  河童橋

 【本文との関係---縁】



 
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