《私の本棚 第六十》 平成14年3月
「坊っちゃん」 夏目
漱石
作
書き出しは、子供のころの悪ガキぶりを披露するところから始まる。そのあっけらかんとした罪のない悪ぶりがおもしろい。多分最近では滅多にお目にかからない手合い。長じては田舎の松山中学
(坊っちゃんがそう言っている) 教師に赴任する。少しは 年もとって成長したが、負けん気と正義感は健在。周りにはユニークな先生たちがいる。兎に角面白い。 この舞台になった松山中学や道後温泉は、漱石が実際に赴任して生活していたことはご承知のとおり。何度も映画化されて、見た人も多いと思います。私はこの主人公 「坊っちゃん」 の設定は、漱石自身が 「こんな風な子供時代でありたかった」 と思っていたのではないかと想像します。 漱石は明治二十八年四月から翌年三月まで松山中学に赴任しています。当時は校長以上の給料をもらっていたそうです。明治三十六年にイギリス留学から帰ってから、東京帝国大学英文科講師をしています。そして三十九年に坊っちゃんを執筆しています。そんな作者ですから、決して作中の主人公のような人ではなく、洗練された先生だったのでしょう。 |
道後温泉近くのからくり時計 【本文との関係---地理】 |
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,ハンガリー民話 次の頁干し草の月 , 第一分冊目次
第一分冊トップ頁 Vol V,トップ頁 Vol U,トップ頁 (1)吾輩は猫である (1905.01〜1906.08) (2)倫敦塔(1905.01.) (3)カーライル博物館 (.1905.) (4)幻影の盾 (1905.04.) (5)琴のそら音 (1905.07.) (6)一夜 (1905.09.) (7)薤露行 (1905.09.) (8)趣味の遺伝 (1906.01.) (9)坊っちゃん (1906.04.) (10)草枕 (1906.09.) (11)二百十日 (1906.10.) (12)野分 (1907.01.) (13)文学論 (1907.05.) (14)虞美人草 (1907.06〜10) (15)坑夫 (1908.01〜04) (16)三四郎 (1908.09〜12) (17)文鳥 (1908.06.) (18)夢十夜 (1908.07〜08) (19)永日小品 (1909.01〜03) (20)それから (1909.06〜10) (21)満韓ところどころ (1909.10〜12) (22)思い出すことなど (1910〜1911) (23)門 (1910.03〜06) (24)彼岸過迄 (1912.01〜04) (25)行人 (1912.12〜1913.11) (26)私の個人主義 (.1914.) (27)こころ (1914.04〜08) (28)硝子戸の中 (1915.01〜02) (29)道草 (1915.06〜09) (30)明暗 (1916.05〜12) |